国勢調査から見えるコソボの人口②

 

 

コソボ紛争が激化したのが、1996年〜98年になります。

その間を含めた、出生率の推移を確認してみたいと思います。

 

やはり紛争が激しくなるにつれて、出生率は低下しています。

1980年代でも、4人という非常に多くの子供をもうけていたのは、

日本人としては、少し驚きます。

 

 

ここで注目したいのは、2000年に大きく数字が上がっている点です。

紛争自体は、1999年6月に終了しています。

 

紛争後は、アメリカ軍やUNがコソボの情勢安定に努めてきました。

それが人口統計に面白い形で反映されています。

 

キレイな逆三角形のはずの人口ピラミッドに、少し異変があります。

まず下の方が少し欠けています。

 

これは、紛争を通じて人口流出した事が影響しているように思います。

若い世代を海外に送る事で、子供達を守ったのかもしれません。

 

ただコソボ紛争で難民としてコソボを出たのが、85万人程の人数で、

その9割以上が、終結後比較的早い段階で戻って来ている事を考えると、

指標に出て来ていない人が、多数いるのだと思います。

 

そして特出すべきは、10歳の子供の多さです。

これはまさに紛争がコソボに残した影響の一つだと思います。

 

 

紛争時は、子供を生むどころではなかったというのだと思いますが、

終結後に多くの市民は安心し、ベビーラッシュが来たのだと思います。

こういう人口ピラミッドはあまり見た事がありませんよね。

 

紛争前から人口が増えていた世代が、ちょうど適齢期になっています。

コソボに入った当初は、毎週末多くの結婚式を至る所で見ていたので、

今後も多くの子供達が生まれてくると思います。

 

奇麗な人口ピラミッドを形成できると良いのですが、失業率の高さが

非常に気になるところではあります。

 

この辺は、インフラがさらに整うことで海外からの工場移転等が進み、

改善されていく事を期待するしかないのかもしれません。

 

ちなみに、コソボの平均世帯人数は、5.9人とまだまだ大家族です。

日本は、2.5人くらいなので、子供が一人いるかいないかという状態。

この辺も大きく違いますね。

 

こういった資料と読み解くことで、コソボでどのようなビジネスが

展開できるのかを考える事もできますので、参考にして下さいね。



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